2000年当時の旅行雑誌が出てきた!ので中身を紹介

2020年のゴールデンウイークは、コロナウイルスのため、家で時間をつぶしている。

その余った時間を使って、何年もいじっていなかった本棚の整理をしたら、2000年、2001年当時の旅行雑誌とガイドブックが出てきたので、中身をみたら懐かしかったので、2000年当時は、こんなもんだったんだな?と感じたことを紹介。

インターネットカフェ

このような題目の記事があるということは、まだ当時、Eメールを使用していない人が相当数いたということだと推測できる。

 

こうゆう場所がカオサンにはいっぱいあった

 

モデム

今は、宿やカフェなどでは、wifiが利用できるのは普通のことですが、2000年当時は、まだ、特別な環境でした。

バンコクなどのインターネットカフェがあるところは、そこを利用すれば良い訳だが、環境のない場所でどうしてもやりたい人は、パソコンのほかに、電話回線接続用のモデムを用意していったものです。

「ピィ~ヒャ~ピィ~ヒャ~・・・」が懐かし!

 

今の若い人はモデムの存在自体知らないだろう!

 

タイからアンコールワットへ

昔から、アンコールワットは東南アジア地区で誰もが行って見たい観光地だ。

現在は、飛行機各地から安価に出ているし、バンコクからも国境を越えてシェムリアップまでの直通国際バスが出ている。しかし、当時は列車やバスなどでタイ・アランヤプラテートに行き、国境を越えて、カンボジア・ポイぺトから乗り合いのピックアップトラックで未舗装のガタガタ道を行くしか、陸路では手段がない時代で、ポイぺト→シェムリアップは地獄の区間で有名だった。

なので私は、2000年にアンコールワットへ行くときには、バンコク(飛行)プノンペン(高速艇)シェムリアップ(高速艇)プノンペン(飛行機)バンコクで行った。

二回目の2005年末は、バンコク(列車)アランヤプラテート・ポイぺト(乗り合いタクシー)シェムリアップ(バス)バンコクだった。行きは列車で国境まで行き、国境からは、カムリの乗り合いタクシーをシェアしていった。帰りは、国境でバスを乗り換えたが、一応バンコクまで通しで手配されたバスだった。この頃には、舗装もほぼ終わり、バスが通り始めていたが今のような大きなバスでなく、幼稚園・保育園のマイクロバスのようなものだった。

 

「入国後の移動は。荷台付きのピックアップ・トラックのみだ 」と書いてある

ピックアップトラックの小さい荷台に何人?乗っているんだ! 

 

デカプリオの「ザ・ビーチ」

雑誌の表紙に、映画「ザ・ビーチ」・・・とある。

ちょうど2000年ころは、デカプリオ主演の「ザ・ビーチ」が封切られていた時期だった。

私は、ちょうどこのころ、コ・バンガン島へ行き、その雰囲気の浸ったww

この頃、コ・バンガンのカフェやバーでは、夜な夜な「ザ・ビーチ」のビデオを良く流していて、ヨーロピアンの旅行者たちと良く見た。しかし、内容はあまり覚えていない。

 

当時は、こうゆうMOOK本皆帯なのが不定期に出ていた

 

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